旧日本海軍の最終兵器(殺傷兵器Z)のまとめ

第二次世界大戦中、各国は強力な武器を求めて兵器開発を行い、強靭な兵士を求め人体実験を行う国まで存在しているような状態でした。

日本も例外ではなく、人体実験を行って強靭な兵士を作り出そうとしたり、強力な兵器を作るための科学実験を行っていました。旧日本陸軍の実験がよく語られていますが、実は旧日本海軍も強力な最終兵器の開発のために科学実験を行っていたのです。

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始まりは山本五十六連合艦隊司令長官の一言だった。

殺傷兵器Zが開発される切っ掛けとなったのは、山本五十六連合艦隊司令長官の一言からでした。

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第二次世界大戦の開戦から半年ほど経った1942年の6月に、ミッドウェーで海軍空母部隊が壊滅。この時に山本五十六連合艦隊司令長官が技術士官だった水間さんに「このままでは一年持たない。何とか、超兵器を頼むよ!」と言ったのが殺傷兵器Zの開発の始まりだったと言われています。

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この発言の後、東京から交通の便が良いこと、そして大井川水系があるため電力も使えると言うことから静岡県の島田市に『第二海軍技術廠(しょう)牛尾実験所』が作られます。

水間さんは超兵器開発のために畳に頭をこすりつける勢いで日本中の学者に頼み研究者を集めたそうです。

日本の都市伝説となった殺傷兵器Zの開発には今の金額で約30億円もの大金が使われていたと言われています。

兵器開発にはノーベル賞受賞者も関わっていた!

『第二海軍技術廠(しょう)牛尾実験所』で行われていた研究はその名を通称『Z研究』と呼ばれていました。このZとは最終兵器を意味する暗号のようなものです。

この施設では強力な電磁波を使った最終兵器を作るため、強力な電磁波を発生させる装置『マグネトロン』の研究・開発が行われ、研究には朝永振一郎氏や湯川秀樹氏といったノーベル賞受賞者も参加しています。

旧日本陸軍も開発していた?

実は旧日本陸軍でも『陸軍技術本部第9研究所』、通称名『登戸研究所』と呼ばれる施設で殺人光線の研究は進められていたと言われています。

この登戸研究所で行われていた殺人光線の研究は、ウサギやサルなどの小動物を使った研究では数メートルほど離れた場所で殺傷できるレベルには研究が進んでいたようです。

登戸研究所では殺人光線の他に風船爆弾、気象兵器などさまざまな兵器の研究が行われていましたが、Z研究所では他の兵器の開発は行われておらず、電磁波の研究のみ行われていたようです。

ナチスでも殺人光線は開発されていた!

第二次世界大戦中、殺人光線の研究を行っていたのは日本だけではありませんでした。アメリカの学者二コラ・テラスの研究が有名ですが、ナチスドイツではX線を使った日本のものとは別の殺人光線を研究していたと言われています。各国でさまざまな研究がなされていましたが、いまだにその研究が成功したという事例は報告されていないようです。

「殺傷兵器Z」とはどんな兵器だったのか

旧日本海軍が開発しようとしていた殺傷兵器Zとは一体どんなものだったのか、想像できますか?

旧日本海軍や旧日本陸軍が開発していたのは、電磁波でビームを作り出し、そのビームで対象となる物体を破壊するというもの。ウルトラマンのスペシウム光線やSF映画などを思い浮かべてもらうとわかりやすいと思います。

実際には強力な電磁波をマグネトロン真空管で発生させ、その電磁波をパラボラアンテナで収束照射することで敵軍の戦闘機を撃墜するというシステムだったのです。

小動物を使った実験では約5メートルの位置にいるものにしか効果がなく、飛行機を撃ち落とすなんてことはいつになるかわからないのが現状だったようです。

なかなか思うように実験結果がでず、海軍からもプレッシャーをかけられて焦ったのか、実験名称を『Z』から『A』に変更し、そのシステムも若干変更してしまったそうです。

変更後のシステムはあらかじめ敵軍の戦闘機が来ると思われる場所に爆薬を搭載した気球を飛ばしておいて、敵軍が近づいて来たら電磁波で気球の爆薬を爆発させるというもの。

しかしこの方法も実験のみで実用には至らず、施設は破壊されて終戦を迎えてしまったのです。

殺人兵器の技術は意外なものに応用されていた。

1945年7月に爆弾を投下され施設が破壊されたため、殺傷兵器Zが完成する事はなく、年伝説としてその存在を伝えられています。

しかし終戦後、アメリカ軍が第二海軍技術廠(しょう)牛尾実験所を訪れた際に、その研究資料を見て日本軍の開発力に驚き、そのまま研究資料を持ちかえってしまったのです。

そして2年後。

アメリカで殺傷Zの電磁波研究を応用して電子レンジが開発されたのです。

意外なことに、軍事目的で開発された技術が、私たちが日常生活で使っている電化製品に応用されることは多いのです。

例えば「カーナビ」。これはミサイルを正確に目的地に打ち込むための技術を応用して作られています。

また、自動掃除機「ルンバ」は地雷探査機を元に作られています。地雷を見つける機能を地雷をゴミに置き換えて作られているんです。

戦争により開発された技術で私たちの生活が便利になっているなんて皮肉なことです。

信じるか信じないかはあなた次第です。

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